女々しくても一人。

隠れ難病持ちが生や死や劣等感について可能な限り淡々と語るブログ。音楽と文学と私に優しい人、厳しい人が好きです。

死者は何も語らない。

このブログでは政治の話を扱うつもりはなかった。Twitterで十分だし、争いの種をこの静かなブログに持ち込むのも好まない。
だけど、死に関連してどうしても書きたくなったことがあるから、初めて政治を題材にすることにした。

死者の言葉を勝手に推量するという行為が嫌いだ。
政治に限らない。
いじめで自殺した子供がいると、その子の死を無駄にしないでとか、無念を晴らすために頑張るとか、今更なことを言う親がいる。
天災や事故で悲しい亡くなり方をした人がいると、周りが悲劇や復興のシンボルに仕立て上げることもある。
それの何が悪いのと思う人に、私は、
「死者の言葉は絶対に正確には伝わらない」
「他人が死者の言葉を語ることはできない」
と伝えたい。

死者は何も語らない。

死人に口なし。
死んだ人が言いたかったことは永遠に分からない。誰がなんと言おうと、言葉を発せる本人はもうこの世にはいない。
他人の推測に正解はない。推し量っても無駄。
他人の語りは捏造と大差ない。

言いたいことがあるなら生きているうちに言わなきゃいけないと思っている。
生者に言論の自由はあっても、死者が語る自由はない。他人が都合よく解釈して代弁する権利がないことは言うまでもない。
というか、自殺する人は、何も言えないから死ぬんじゃないか。

死で語るべきじゃない。
生きて語るべきだ。
死者の言葉を騙っちゃいけない。
生者の言葉として発するべきだ。
言いたいことがあるなら、どんな手を使ってでも生きているうちに語り尽くして死んでいくべきだ。
結果として死んでしまっても、生きて語ったことはきちんと本人の言葉として残るのだから。

政治的主張は自分の言葉でして。
死者に語らせようとしないで。




***

私も、自分の言葉で語るために、ここでブログをやってる。
闘病ブログじゃない。難病になったけど普通に焦がれて日々足掻いたこと。好きなもののこと。ろくでもないけど悪くない人生のこと。苦しい日のこと、醜い心、ネガティブな弱音。ネットの片隅に残しておきたい。生きた言葉を。
死んだら語れないから。

あなたと私と嫉妬心

オリンピックが楽しくて、ブログご無沙汰してました。本当に見応えがあったな。
個人的にフィギュアスケートのMVPはネイサン・チェンだった。まさに記憶に残る演技。
パシュートカーリングは初めてちゃんとルールを理解したけど、戦略が考え抜かれてて素人目にも素晴らしかった。
人気スポーツは勿論、知らないスポーツを知れるのもオリンピックの醍醐味だと思う。
だから賛否あれど、私は東京オリンピックも楽しみにしてる。2020年にこの世にいられるかは不明だけど…

世界のトップレベルで競技を極めている、健康な選手達でも、いや、だからこそ、彼らの心情は決して綺麗なものばかりじゃないと思う。
限られた代表の枠に入れなかった選手。強烈な才能を持った選手と世代が被ってしまった選手。光り輝くメダルの影にある、数々の挫折や屈辱。怪我や金銭的困窮による競技続行の困難。そういう暗い部分も含めて、オリンピックは様々なドラマを見せてくれる。

そして結果、圧倒的な実力差で、或いは巡り合わせの差で、世界有数の栄光を手にする選手がすぐ隣にいる状況に面したとき。
「嫉妬」と真に無縁なスポーツ選手が果たしているだろうか?いないと思うからこそ、嫉妬を努力に変えて、飲み込んで前を向いて、自分の持てる力を尽くす選手たちを、私は心から尊敬する。

健康で優れた人同士でも、嫉妬心はなくせない。
病人の、病人同士の嫉妬たるや、その比ではない。

***

病気になった当初、私は今とは違う病気の患者会に入っていた。TRAPSと診断されていなかった当時は当然、自分も同じ病気だと思っていたから、同じ苦しみを抱える人同士分かり合えるんじゃないかと期待してた。
実際には、その患者会は病状の悪い人とそうでない人の温度差、そして症状の軽い人への隠しきれない嫉妬が充満する場だった。

平常時の症状が軽かった私に、剥き出しの嫉妬心を向けてくる人は数え切れなかった。
苦しいとこを赤の他人に見せないだけで、私の苦しさレベルを勝手に低く判定して不幸マウンティングしてくる人の何と多いことか?
そりゃ、当時の私は運動も禁止じゃなくて、学校にも入退院繰り返しながらも通えていた。
それでも発熱時の症状は酷くて、当時はステロイドも上手く使えず身体中を悪くして、齢17にして色々間に合わずベッドを汚してしまったことも2度や3度じゃなかったくらいなのに、彼ら彼女らには私の見えない苦しみは何の関係もなかった。
普通を諦めてしまった人達にとっては、見た目だけでも日常生活が送れてるってだけで、私のことはそれこそ死ぬほど妬ましかったんだ。

自分より病状の重い人には、体に障害がなく進学校に通う私は強者だと言われた。
一方で健康な人には、毎日学校に来て授業や行事に参加する普通の生活が送れない私は弱者だと思われた。

私は強者なのか弱者なのか?
答えなんか出なかった。
だからこそ2つ、心に決めたことがあった。

「他人と自分を決して比較しない」
「他人の嫉妬にも自分の嫉妬心にも飲み込まれてはならない」

同じ病気の人に嫉妬されて、健康な人に自分が嫉妬する生活は、私をとても疲れさせる。

TRAPSと診断されて、そもそも同じ病気の人にあまり出会わなくなった。
他人と病状を比較する機会が少ないのは自分の精神を安定させるためには良かった。

それでもたまに、病気の人と話をすると、ハッキリと嫉妬や憎悪を向けられることがある。
お前の悩みなんて取るに足らないと初対面で平然と言う人も少なくない。
或いは、私が生きることに過度に期待する人もいる。
私がこの年齢で生きているからって、別に同じ病気の人がこの年齢まで生きられるわけじゃない。あなたも私も人より早く死ぬんだよ。

発病以来、病状は隠しきれないほど悪化していて、今や心臓の不調も抱えている。
そして前段で病状の重い人からの嫉妬をボロクソに貶しておきながら、私自身も年齢を重ねる度に、仕事を続けること、結婚や出産ほか、全ての当たり前の未来が自分にないことに平常心でいられないときがある。
私にとって永遠に普通は偽物でしかない。
病気は治らない。

嫉妬に触れるのはいつだって辛い。
私だって嫉妬はするし、嫉妬してる本人はもっと辛いのかもしれないけれど、病気になった以上お互い遅かれ早かれ死ぬことになるんだから、少しでも他人と自分を比較せずに生きられる日が多くあってほしい。

あなたも、私も。

卑屈と引け目と嫉妬心

君は難病持ちなのによく発狂しないね、
精神的に安定してるね、
ってよく言われる。

ティーンエイジャー時代に一通り泣き喚いて叫んで暴れて、涙と狂気は枯れた。
人前では泣かない。
泣いても仕方ないから。
弱さも見せたくない。
同情は私を生かしてくれないから。

それでも、病気が治らないことは私をどこまでも卑屈にするし、引け目を感じさせる。
健康な人に嫉妬してしまう嫌な自分も、なかなかいなくなってくれない。

「病気だから」
って自分で言ったり他人に言われたりすることを、私は許したくないと思って生きてきた。

病気だから勉強しても仕方ない。
病気だから働く道がない。
病気だから将来の事が考えられない。

病気だから周りに負担をかけていて、
病気だから家族にすら死を願われて、
病気だから恋人も友達も作れない。

「病気だから」
全ての意欲を失わせる、呪いの言葉だ。
病気ゆえにできないこと、諦めなければならないこと、失ったものそのものではなくて、そのまま卑屈になることが心を壊してしまうのだと私は思う。

病気を言い訳にするななんて軽々しく言えることじゃないし、特に健康な人には絶対に言われたくない。
だからこそ私は、「病気だから」
自虐に徹するんじゃなくて、
できないことにも開き直りたかった。

病気だから健康な人より無理はできない。
それがなんだ。プレミアムエブリデー上等。
病気だから将来なんてない。
それがなんだ。今を生き抜くだけ。
病気だから周りに負担をかけている。
それがなんだ。遺伝する病気だ、家族なら向き合えと言いたい。

そうして開き直りつづけて、
病気だけど、恋人も友達も作ってきた。

勉強や仕事は健康な人と然程大きな差なくできているし、未来のなさへの絶望や家族との衝突はティーン時代に済ませた。
一見普通の生活ができていて、卑屈な自分は普段は形を潜めている。
強いねと言われるし、どうしてそんな肩肘張ってんだかとも言われる。
しんどいこともあるけれど、そんな自分は嫌いじゃない。

それでも、恋人や友達と自分の埋められない差を感じるとき。
強さを取り繕えない部分から弱さが露呈して、引け目を感じるとき。
無邪気な未来の展望を聞かされるとき。
私は申し訳なさや寂しさと同時に、嫉妬心すら抱いてしまう。「病気だから」と自分の心に刻んでしまう。

嫉妬心だけは絶対に知られたくなくて、今のところ隠せていると思っているけれど、自分には容赦なくダメージを与える。
言葉にするだけで苦しくなる。

自分が健康だったなら。
仕事も今よりできていたし、今よりリア充だった。
未来だってあったし、家庭も崩壊しなかった。
諦めることなんて何もなかったって、
都合のいいifばかり妄想してしまう。
「病気だから」できないことばかりだって、卑屈になってしまう。
その度に、病気になる前の自分だってロクなもんじゃなかったって今の自分に言い聞かせるけれど、引け目と嫉妬心に苛まれているときばかりは、苦しくなるばかりだ。

それでも今はまだ、姉弟や友達の結婚や出産、就職を喜べるし、嫉妬せずに祝福出来るけれど。
病気が今より悪くなったら、自分の状況が良くなくなったら、嫉妬心に支配されてしまうのかと思うと、心底怖くなる。
数少ない大切な人の幸せくらいは心から願いたいし、ちゃんと嘘じゃない感情なのに、嫉妬心が上回るときが来るとしたら、こんなに悲しいことはない。

もう少しで、私は恋人に別れを告げようと思っている。
私は将来を約束できないし、大切な人の夢や未来を邪魔したくないから。
嘘でも独善でもなく願える幸せなのに、その未来に、感じる嫉妬が醜くて、本当に嫌になる。
私だって健康ならその隣にいたかったって思わずにはいられない。

女々しくて、辛いよ。


「キリンの子」鳥居歌集

*目を伏せて空へのびゆくキリンの子
月の光はかあさんのいろ

随分前にネットの記事で興味を持って、短歌の歌集を読みました。
女性歌人・鳥居さんの初の歌集「キリンの子」。
冒頭の歌は動物園で見上げたキリンを題材にしたとのこと。情景と感情が混ざりあった、時にハッとするような歌を詠む歌人さんです。

*鳥居さんについて

鳥居さんはセーラー服の歌人と呼ばれています。
鳥居さんは色々な賞を受賞している有名な歌人の一人ですが、それだけでなく彼女が注目されたのは、セーラー服を着る理由でもあるその生い立ちでした。
生い立ちについては、何度も記事にされています。

①9月にバズった記事。
私もこれを読んで、彼女のことを知りました。

②短歌制作について丁寧にヒアリングしたことが伝わってくるインタビュー。

壮絶だとか波瀾万丈だとか、一言で表すのも憚られるような人生で…
彼女はずっと学校に通えなかったから、義務教育を受けられていない子供がいることを知ってもらいたくて、セーラー服を着て歌人として活動していると言います。

生い立ちに注目が集まる理由も分かるほどの人生だけれど。
私は、何より鳥居さんの詠む歌が好きです。
衝撃を受けたから。

以下、有名な歌を少しだけ引用。
現役の歌人なので、続きは歌集で。

***

*病室は豆腐のような静けさで割れない窓が一つだけある

…精神病院での一首。
強烈な白さと密閉された孤独。

*朝の道「おはよ!元気?」と尋ねられもう嘘ついた 四月一日

…日常的に嘘つかざるをえない生き方してると、エイプリルフールはイベントじゃないですよね。

*私ではない人が座る教室の私の席に私はいない

…自分の中学時代を見ているようでした。
すごいなぁ。自分の嘆きを、孤独を、歌にして詠める才能を尊敬する。

*これからも生きる予定のある人が三ヶ月後の定期券買う

*就職は数十年後も生きていて働きますと交わす約束

…未来は誰にでもあるとは限らない

*午前四時群青色の夜が来て「もうじき僕は死ぬの」と話す

…自分の高校時代をry
死と夜明けはよくモチーフにされる題材ですが、色彩と若さが感じられます。

*夜が明ける少し手前の藍色できみは幽かに寝息をたてる

…何となく、「きみ」は恋人じゃなくて友達な気がした。

*青い薬局・白い病院・カーブミラーのオレンジ 私を生かす死なないように

*いつの日も空には空がありました母と棺が燃える真昼間

…衝撃的な一首。
「いつの日も空には空がありました」
この一言にニュートラルな絶望を感じる。

*あおぞらが、妙に、乾いて、紫陽花が、路に、あざやか なんで死んだの

…こちらも衝撃的な一首。
一言ずつ切れたような絶望が鮮烈。

***

元々、俳句や短歌、詩が好きで、よく読んできたけれど。私にとっても久しぶりに出会えた、強烈な詠み手でした。
生きづらさを感じている人にはぜひ触れてほしい歌集でした。

キリンの子 鳥居歌集

キリンの子 鳥居歌集

***

こちらもおすすめ。

未練という名の友へ。

私には死という名の友がいる。
遠い空から、母の寝物語に影をちらつかせ、病院の天井に姿を現し、隣人を経た私の半身。
幼馴染のような存在。

私には未練という名の友もいる。
地の底から、外道な手段を踏み台に這い上がり、死をねじ伏せ、腐れ縁を経た私のもう半身。
悪友のような存在。

2人の友の間で揺れ動く自分は、
どれほど頼りないのだろう。
それでも、死を望む自分も、
未練を捨てられない自分も、
どちらも嘘偽りのない自分なんだ。

私の本音は矛盾そのもので
いつも勝ち負けのない戦いをしては
苦しくなって、迷ってばかりだ。

病気でしんどくなるたびに、
私は死の手を取りたいと思う。
熱が下がらず、身体のあちこちが悪くなり、家族に負担をかけ、孤独に苛まれる自分に、いつでも死は甘く囁く。

あなたを連れて行ってあげる
まだ見ぬ天国へと。

それでも、元気になるたびに、
私は未練に後ろ髪を引かれる。
恋人に愛され、親友がいて、仕事で必要とされ、予定が埋まっていく私を、未練は離してくれない。

未練は優しくなんかない。
この世に天国はないと断言する。
自分で切り開いた道しか歩かせてくれない。スパルタ方式。
出会いだけは豊富に用意される。
それなのに、別れは否応なしに訪れる。
常に悲しいことの方が多い。

それなのに、どうして未練は、こんなにも私を魅了するんだろう。

昨日から心臓の検査をしていて、状態はあまり良くなかった。
このままだとカテーテル治療を受けなければならないけれど、それがどうしても私には時間稼ぎとしか思えなくて、潔く死の手を取るべきだと信じていた。
病院に1人でいたら間違いなくそうしていたし、余命を知りたい私にとって、身体がブッ壊れる決定打は望んでもいいものだった。

それでも、色々考えて、手術はしないけれど治療を続ける方向で、今は考えてる。
結局は未練が競り勝つことに信じられない気持ちでいる。
明日には考えが変わっているかもしれないけれど、私の友は死だけではなかったんだって最近たまに思うから、ブログに残しておこうと思ったの。

それでも、死の手を取るその日までに、
私は未練に別れを告げよう。
きちんと整理された心をもって
死を迎え入れよう。

未練を減らすためにも、やりたいことは全部やる。

天井に架かる死の誘い

灯りのない夜はいつも、
天井をながめていた。

中学時代、ケータイがなかった頃、消灯後の病院は暇でしょうがなくて、最初は空を眺めていた。
人は死んだら空に還るのよと言った母の寝物語を思い出していた。
でも、実家はそれなりに都会だから空は狭くて。満点の星空なんかどこにもないし、人が還れる隙間なんてないなと感じてた。
空に飽きて、吸い寄せられるように眺めるようになった、白く空虚な病院の天井。
私にとっては、病院の天井こそが死に命を絡め取られて還る先だった。

入院するくらいだから病院にいるときは基本的に絶対安静で、何もできない。
薬や点滴が幸か不幸かよく効く体質で、大量に薬を打ち込まれて眠る直前は、半分幻想に浸ってた。
私は幽霊が見えないし、人ならざるものを信じていないけれど、天井に死の影が映るのは何度もみた。
ただの影の揺らめきだと、頭では理解しているけれど、私にとっては間違いなく死との会話の時間だった。

死は何度だって、私に語りかける。

あなたに生きたい理由なんてないよねと。

体は若いのにボロボロ。
1人で何も出来なくなる前に死のうか。

私の病気で自分の人生を犠牲にしたと思っている母の、やり場のない怒りを鎮めるには、早く病気で死ぬのが最適解だ。

姉弟には不自由な思いをさせている。
私の母は病気の娘に掛り切りで、弟が受験する高校すら直前まで知らなかった。
私がいなくなれば、弟は目もお金ももっとかけてもらえる。

私が死の手を取れば、家族は前を向ける。

すべて、天井に姿を現す死が私に語りかけたことだった。

好きなもの、楽しいことがある。
家族がいて、恋人がいて、親友がいる。
未練が、ある。
それらはいつも透明マントのように私を死から覆い隠してくれたけれど、死の存在が私の傍からいなくなることはなかった。

入院するたびに、
熱に浮かされるたびに、
死は私を甘く誘う。

何度も死に抗って、寝たきりになって延命されて命を絞り取るより、私の友たる死は潔くて、瞬間的に私を連れ去ろうとした。
41.5度の熱に抗った15の夜を越えて、
1ヶ月続く熱に耐えた18の夜を経て、
どうして生きてしまったんだろう。

昼間の検査結果が早速悪くて落ち込む自分に、死がまた囁く。

どうしてあのとき、私の手を取らなかったのと。



(※入院中)

僕は約束ができない。

新年あけましておめでとうございます°˖✧◝(⁰▿⁰)◜✧˖°
今年もよろしくお願いします。
いつもブログを読んでくださっている皆様に感謝です。

***

今日は約束の話。

私の苦手なものは数多いけれど、「約束」はその中でも上位に入る。
特に、1ヶ月以上先の約束は、長らくしていない。

先が読めない病気だから、10代の頃から、
体調が悪いと都度約束を破ることになった。
一度行けなかったら、大抵の友達には二度と誘ってもらえなくなるんだ。
約束を積み重ねることが信用や信頼を生むというけれど、約束を守れないことが多かった私は、どうしようもない孤独に陥った。

キャンセルを恐れて、今や仕事ですら、1ヶ月以上先の予定は入れないようにしている。
研修とか試験とか、そういうのは別だけれど、個人間の約束はしない。
したって守れるとは限らないし、もっというと生きているかも分からない。
救いようもなく投げやりになって、1ヶ月以上先の約束をしなくなって、早8年を数える。
ライブや複数人での予定なら、入れることもあるけれど。
2人で約束して私が行けなくなったら申し訳ないし、再び誘われなくなることにもう傷つきたくなくて、予定は未定を地で行ってる。
未来のことは考えないように。

そうして、引きこもりがちで卑屈になりがちな私だけれど、最近、カレンダーに予定を書き込むことが新しくできて、嬉しいんだ。

「リリース予定」これ!

自分が参加した曲の情報が解禁されるとき、CDが出るとき、このときばかりは日を気にするし、いつまでたってもそわそわしなくなることがない。
これだけでも、私は曲が書けてよかったと思ってる。

私は女々しくて、約束にはこれからも臆病なままでいると思う。
そもそも機会も少なくなってきたし、安室ちゃんじゃないけど、寂しさは昔よりも真実味帯びてきた。
それでも、楽しみなことが全くないわけじゃないのは、いつだって私を救ってくれる。